2026-02-24 Tue : 文字がたくさん書かれている日記
生活
獄門疆が登場する夢を見ていたと思うが、詳細は思い出せない……。 自分は「〜」を快適に入力できないと暮らしていけないんだ…ということに気付く。Google IME だと「z + /」で済む。これは SKK 由来なんだっけ…? たしか AquaSKK でも使えていた。ん、と思って Cosense を検索してみたら去年の日記にも同じようなことを書いていて進展がない。 ライブ変換はちょっと慣れていけそうな気配も出てきたものの、たしか SKK 由来で Google IME でも使える「z + なにか」のシリーズが使えないのが致命的だと気が付いた…。「z + .」を使わない人たちは三点リーダをどうやって入力しているんですか? https://gyazo.com/be62cca549657d3678e3895789289192
Slack の Huddle で、わしのアイコンの上に小鳥がいて「ありがとう」って思った。 https://gyazo.com/6d128f8d06c08961a7aa8c10e712292e
https://gyazo.com/62bb8bea43da1960daffe80d67245731
映画『小学校 〜それは小さな社会〜』を観た。数日前の 2026-02-19 に Netflix にて配信開始されていて、もともと観たいと思っていた映像だったから「観れるじゃん」と飛びついた形。公式サイトの title タグ、へんなところに半角スペースが入っていそうで心配。きのうも企業の半角スペースについての不安を日記に書いていた気がする。自分が心配。 いやー、おもしろかったですね。妻といっしょに泣いた。小学校でのボランディア活動で、ぼくは松本市内の小学校に 1 年半ほど関わっていて、否応なしにあの日々を思い出すことになった。塚戸小学校ね、ぼくの知っている現代の小学校の雰囲気にかなり近かった。 https://www.youtube.com/watch?v=FDu7cbNuaXQ
自分が小学校に関わっていたときに思ったのは「感情を揺さぶられることが多い」ってこと。この映像を観ていても、やっぱり感情にクるものがある。こういうときに「子どもは〜」「大人は〜」と二分することに慎重でありたいと思っているので、悩みながら感覚の整理を試みると。おそらく「コンフォート・ゾーンを飛び出して動いている人は、おもしろいし、ぼくの心を打つことが多い」と言えると思う。 ぼくが慣れた仕事だけ選んで 1 年間を過ごしたとしたら、仕事で泣く機会なんて一度もなかったりする。心がずっと平穏でいられて、特大の悲しみがなければ特大のよろこびもない、って感じになる。他方で、未知の領域に踏み込んでみると思わぬことが起きまくってぜんぜん結果をコントロールできない。これは疲れることでもあるが、感情に刺激をいっぱい受けるので、大事な時間だよな〜とも思う。そんで、小学生ってのは未知をいっぱいやっていっているので、尊敬ですねえ。未知に立ち向かう姿勢をぼくは尊敬しています。
教員の労働環境については「うーむ…?」と思いながら観た。もう何年もずっと「うーむ…?」という状況だと思うのだけれど、いくらか改善はされているのかな。先に「未知に立ち向かう」的なことを書いて、これは「質の苦労」みたいな話。小学校の教員については「量の苦労」がたいへんそうに見えて、これについては「量を減らす」を真剣にやった方がよいのでは、という感想がある。
あとは「みんなの前での叱責」については議論してみたい。企業でマネジメントを担当するときに「ほめるのはみんなの前で、とがめるのはふたりのときに」みたいな考え方があるじゃん。なんか、学校の現場では「とがめるのはみんなの前で」をヨシとしている雰囲気を感じるときもあって、どういう考えでその方針を採っているのかは聞いてみたいですね。興味がある。
約 4 年ぶりにリファレンス・チェックってやつをやりましたよ。推薦する側ね。企業から頼まれて応募者のことを伝える係。「応募者の弱みはなんですか」みたいな設問があって、弱みか、むつかしいな、と思いながら作文していったら「弱みというか、おもしろエピソードになっちゃいました。」で締める文章になって、自分でちょっとウケながら提出した。 『文化系トークラジオ Life~社会時評&カルチャー』の「雑談、対話、口喧嘩……『人と話すこと』を考える」の回を聴いた。今回もおもしろかったなあ。自分もこういうおしゃべりをやってみたいが、そうなると相手が必要で、誰か相手を見つけることからやらなきゃか。そういう気分にさせられる、エネルギーのあるコンテンツであった。 「中年男性の孤独」みたいなやつ、一大テーマとして成立し得るという現代日本社会の雰囲気はわかりつつ、やっぱり自分にはあてはまらない気はしていて、読み上げられる中年男性からのおたよりについても「へぇ、そういうのもあるのか」という気持ちになるばかり。自分はなんなんだろう。孤独は感じていない、友だちはたくさんいると言えると思う、自分の話をじゅうぶんに聞いてもらえている感覚がある、友人の話をたくさん聞かせてもらっているとも思う。雑談で困っていない、対話に困っている感覚もない、対人のストレスを抱えていない。ただのアルティメット・ラッキー・パーソンってことか?? 寝る前に『Magicraft』をやった。やたら弾数の多いビルドになって、これまでにないプレイ感になっておもしろかった。 https://gyazo.com/fd06e93128660890f6c4972f220ba775
https://gyazo.com/e678e4ecab83ed86f65fe7f3bca14501
https://gyazo.com/ae1dc7d3eda903e58288dcefa8afb8c2
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